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胚培養士による「不妊治療の歴史とこれから」

顕微鏡を使用し、研究を行う女性

はじめまして、こんにちは。胚培養士をしております、はぴきちです。今回は生殖医療のこれまでについてをお話したいと思います。

エコー検査をする妊婦さんと医者

生殖医療の始まり

  ”自分たちの子供が欲しい”

人間の生殖本能に基づいたごく当たり前の感覚。この願いをかなえるべく誕生したのが「生殖医療」です。

 9年間不妊で悩んでいたジョンとレズリー・ブラウン夫妻は、卵管に問題があり、精子と卵子が出会えない状態のカップルでした。いわゆる卵管性不妊症です。二人は生物学者のエドワーズ博士と腹腔鏡手術のエキスパートであったステプトー博士の元で体外受精を受け、1978年に世界初の体外受精によって赤ちゃんを授かることができました。

 体外受精が成功したというニュースは世界的に広まりました。諸外国で成功例が増えても、当初の日本では「人間の生死に関わることを操作するなんてあってはならない!」というような、生殖医療への反対意見がとても多かったようです。

また、不妊の原因は女性にあると決めつけられていたそうです。女性だけが責められ、女性だけがつらい思いをするようなことがよくあったそうです。今でこそ男性不妊が知られるようになり、男性も積極的に治療に関わるようになってきてはいますが、やはり当時は理解できなかったようですね。

日本の歩みと広がる認知

諸外国から遅れること5年、日本では1983年東北大学医学部付属病院にて、はじめての体外受精児が誕生しました。それから日本でも徐々に生殖医療が広まり、凍結・融解胚移植は1988年に、顕微授精は1993年に開始しました。

ちなみに体外受精が開始されたころは、体外受精児を試験管ベビーと呼ばれることがあったのだそうです。生殖医療に対して懐疑的かつ風当たりの強い時代だったことがこのことからも伺えます。

そのような逆風の中、少子化問題、一般不妊治療で行き詰ってしまう夫婦の増加、生殖医療の認知の高まり、治療費に対する助成金の増加など、徐々に生殖医療への理解が増してきています。世間の認識も変わりつつあります。2018年には体外受精によって5.7万人もの赤ちゃんが誕生し、16人に1人は体外受精で生まれています。

顕微鏡を使用し、研究を行う女性

胚培養士と技術進化

体外受精の一般化に加え、遺伝子編集技術の発展や生殖医療にまつわる研究の進歩、培養庫の進化やAIを組み合わせた技術開発、卵子凍結保存の普及などにより、日々生殖医療は進歩しています。生殖医療を新しい技術ととらえるか、数十年の歴史があるととらえるかは難しいところですが、実際問題としてまだまだ未解明な部分もたくさんあり、さらなる発展が望まれています。

とはいえ、妊娠・出産を希望する人にとっては、これまでにない環境が整ってきたと言うことができるかもしれません。世界初の体外受精児が誕生してから40年以上経過しました。体外受精で生まれた人数は、全世界でなんと800万人をはるかに上回ると言われています。

胚培養士は妊娠・出産を希望される方を全力でサポートしています。体外受精・顕微授精にかかわる技術職として、皆様のお役に立てるよう、今日も技術を磨いています。

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