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掃除・洗濯・料理すべての家事してます。大西将太郎さんの歩んできた道には最強な家族愛あり【前編】

Ubu+スペシャルインタビュー第二弾に登場していただくのは、ラグビー日本代表選手として活躍し、現在はスポーツ解説者やラグビー指導者として活躍されている大西将太郎(おおにし しょうたろう)さん。ラグビー選手のメンタルの強さは私生活にもどのくらい影響しているのでしょうか?インタビューではメディア公開初となるご家族のエピソードにもぜひご注目ください。

後編はこちら→奥さんよりママ友が多い!?“主夫”の一面を覗かせる大西将太郎さん

サラリーマンの選択は無し!
目指すはプロスポーツ選手のみ

子どもの頃の僕は、1週間毎日習い事をしている少年でした。

今まで経験してきた習い事は「ラグビー、水泳、サッカー、卓球、ソフトボール、バスケット、習字、塾」など。ほとんどが体を動かすことばかりで、毎日スポーツをしていました。

僕は東大阪出身なのですが、家の近くに花園ラグビー場があったんです。野球でいう甲子園球場ですね。だから子どもの頃からラグビーが身近にあったんですよ。

今までいろんなスポーツをやってきましたが、何かしらのプロスポーツ選手には絶対になりたかった。中でもラグビーは自分の性格合っていたんですよね。僕はとても負けず嫌いなので、やられたらやり返したくて、それができたのがラグビーだけ。だって、サッカーやバスケットボールはタックルしたら反則で退場になっちゃうから、最後まで残れないんですよ(笑)だから、タックルしても最後まで試合に出れたのがラグビーだけだったんです。

最終的にはラグビーを選びましたが、小学生ながらサラリーマンになる道は全く考えていませんでしたね。

自分が進みたい道に行くためにはどうしたらいいか“逆算”を

昔から両親に「アドバイスはするけど、最後決断するのはあなただよ」と言われてきました。当時は親として無責任なんじゃないかと思ったこともあったけど、今ではこれで良かったと思っています。
自分で決断したことは最後まで責任を持ってやり切れるようになったので、両親は僕に責任を持って行動するようになってほしくて言ってくれていたのかなと理解できるようになりました。

小学4年生の時、母に将来スポーツ選手になりたいなら、今やっていることを何個かに絞ってから決めればいい。そして、自分が進みたい道を決めたのなら、成功に向かって逆算した行動を取りなさい」って言われことがとても印象深くて、今でもよく覚えています。
それからは常にどうしたら成功するか、そのために今何をするべきかを考えるようになりました。
もうこの頃はラグビーの日本代表になる!と決めていたので、常にどうしたらラグビーの日本代表になれるのか、というのを考えて行動するようになっていました。

苦労をかけた母への恩返しはラグビーで

ラグビー選手になるために、中学はラグビーに強い学校を選んで私立の学校に進学をしました。でもちょうどその頃、父親が病気で他界したんです。
母1人で姉と僕を育てることになってしまったので、負担をかけたくなくて公立の学校に転校することも考えたんです。

母にそのことを相談すると「自分で決めたことは最後までやり通しなさい。お金のことは気にしなくていい」と返されたんです。
この時に、僕はラグビーで恩返しするしかないなと思って、より一層ラグビーに打ち込むようになりました。
まあ、それでも母には苦労かけたと思いますが、あの時言ってくれた一言のおかげでラグビーをやってこれたのでとても感謝しています。

ラグビー選手になってからは、試合があるたびに近所の大きな神社に毎朝お参りに行ってくれていました。選手引退時も、誰よりも1番寂しがってくれたのは母でしたね。

24歳で入籍
精神的に支えてくれたことが結婚の決め手

奥さんとの出会いは、僕がまだプロラグビー選手になる前。当時ワールドのラグビーチームに所属していて、その会社で出会いました。
結婚した時僕は24歳、奥さんは30歳でしたね。

———— 24歳での結婚って、スポーツ選手としてはこれからという時だったのではないでしょうか?

あまり年齢は気にしなかったですね。付き合った時から「この人と結婚するんだ」と思っていました。

入籍した時はプロになるか迷っていた時期で、奥さんが精神的にサポートしてくれていたことがとても励みになりました。
口下手な奥さんですが、「思いっきりやったらいいんじゃない」とアドバイスをくれて、今でも好きなようにやらせてもらっているので、感謝しています。

———— ズバリ、プロポーズの言葉は?記念日などはお祝いはどのように行っていますか?

プロポーズについて聞かれるのは初めてなんですが、正直全然覚えていないんですよね(笑)
記念日のお祝いは奥さんがあまりそういうイベントごとが好きではなく、なかなかやらないです。僕はやりたいんですが(笑)そういうことするなら将来のために貯めておいて!って言われてしまいます。

でも、夫婦仲は良い方だと思います。喧嘩もあまりしないですね!

2016年現役引退
でも……死ぬまでラグビーできると思っていた

———— ラグビー選手として活躍されていた中、引退を決めた理由は?

正直な話、死ぬまでラグビーすると思っていました。
選手の中でも怪我も少ない方だったし、サッカー選手のカズさん(三浦 知良選手)のように一生現役でいけるって思っていたんですけど、チームの世代交代などを経験するうちに自分だけの意思ではどうにもできないことが重なって、引退しなきゃなと思いました。

そしてちょうどワールドカップが日本で開催されることが決定して、この発表が引退を決めた最大の理由ですね。選手として目指すのは不可能だけど、ひとりでも多くの人にラグビーの良さを伝える方に回った方がいい仕事ができるんじゃないかと思い、引退後のモチベーションになっていました。

ただ、引退してからは全てがうまくいっていた訳でもなく、燃え尽き症候群で軽いうつ状態になったこともありましたね。ラグビーの試合を解説していても「自分だったら……」とか「自分が試合に出た方がいいのでは」と、思っていたことも多くて、自分にちゃんと整理がつくようになるまでには実際に1年くらいはかかったんですよ。

今は、解説者や指導者としてラグビーを広めることももちろんですが、現役時代に任せっぱなしにしていた家庭内のことに積極的に取り組むようにしています。選手の時はほとんど単身赴任で家を空けていたので、子どもたちの1番手のかかる時はほとんど奥さんに任せていたんですよね。これまでは自分の好きなように夢を追いかけさせてもらっていたので、引退した今はなるべく家を空けずに掃除・洗濯・料理など全ての家事をやるようにしています。中でも料理するのがめちゃくちゃ好きなんですよ!

とは言っても、選手たちが試合で輝いている姿を見ると、今でもまたラグビーしたい!タックルしたい!って思う時は多々あります(笑)もっと多くの人にラグビーの素晴らしさを知ってもらいたいので、僕はサポートする側で努力し、出ている選手たちにはこれからも頑張ってもらいたいです。

大西さんのメンタルの強さや、負けん気の強さはプロスポーツ選手の鏡。
なかなかここまでの気持ちで人生一つのことをやり通すことは難しかもしれませんが、誰もが学びたい姿勢なのではないでしょうか。

大西さんがお話ししてくれる内容からは意志の強さを感じましたが、表情は、ラグビー選手の強くてたくましい姿とは正反対の柔らかく優しい笑顔に編集部一同癒されていた時間でした。

後編では、これまでメディアにあまり出されてこなかったご自身の家族についてお話しを伺っています。
大西さんの子育てとは?夫婦円満の秘訣とは?読者の皆さんが気になるエピソードも豊富なので、ぜひ後半もお楽しみに。

Profile
大西 将太郎(おおにし しょうたろう)
1978年11月18日生まれ。大阪府出身。
2000年に日本代表として初選出、

以降、2008年のサモア戦まで通算試合に出場。
2007年日本代表としてワールドカップフランス大会に出場し、 2016年現役引退。
現在はラグビー解説の傍ら、ラグビーの普及のため精力的に活動。プライベートでは2人の娘の父。

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Photographer:Chiai
Director:Shigeru-chan
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