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40歳までには“パパ”になりたい。小柳津林太郎の描く未来とは?

Amazonプライム・ビデオの大人気恋愛リアリティ番組「バチェラー・ジャパン」で輝きを放ち、今も第一線で活躍している、小柳津林太郎(おやいづりんたろう)さん。子会社社長や取締役を経て現在は自身の会社を経営。
仕事もできてルックスも完璧な“イケてる”男性は、将来をどのように考えているのか。小柳津さんのルーツとなる幼少期や仕事観、結婚観などに迫ります。

家族との時間が濃かったアメリカ生活

「父の仕事の都合で、6歳から14歳までの幼少期はアメリカ・ニューヨークの郊外で生活をしていました。何よりも家族で過ごす時間が多く、毎日家族でご飯を食べるのが当たり前。
学校行事も家族みんなで参加していて、日本で暮らしている時よりも家族一緒の時間が多かったと感じています。」

————と、語る小柳津林太郎さんは帰国子女。
アメリカでの8年間は自由奔放に生活していたそう。

「アメリカで家族一緒に過ごすことが多かったからか今でも家族は仲がよく、家族のグループLINEが活発です。いつもたわいもない会話で盛り上がっていますね。
実家に帰ることも多くて、先日は母の誕生日だったのでプレゼントを持って実家に帰っていました。

アメリカでの思い出は?と聞かれると、思い浮かぶのはやはり家族とのこと。
週末にはみんなで日本人向けの商業施設に行って、1週間遅れの少年マガジンを買ってもらったり、スーパーファミコンのカセットを買ってもらったりしていました。」

自由に生きた幼少期から一転、規則正しい寮生活に身をおいた高校時代

15歳になった小柳津さんは日本に帰国。お母さま、叔父さまが通っていた高校に入学し、寮生活を送ることに。

「アメリカに住んでいた頃は、自由奔放に楽しんでいたからあまり勉強はしていなかったんですよね。だから、日本に帰ってきてからは公立に行こうと思っても良い学校にはいけない、どこに行ったらいいかも迷っている状態でした。」

———— 寮生活は思春期の男の子にとって、思い切った選択ではなかったのでしょうか?

「母や叔父が通った慣れ親しんだ場所だったので、知らない学校に行くよりはいいと思って寮のある高校に進学することを決めました。
でも、寮生活は10人1部屋でプライベートの“プ”の字もないし、みんなで1つのものを共有するのが当たり前という日々。
毎朝布団を畳むところから始まり、学校から帰ってきて掃除をして1日が終わる。こんな毎日にアメリカとのギャップを感じることもありましたが、実家に帰って家族と過ごす時間が幸せで心地良くて……。
だから思春期ではありましたが、僕に反抗期はありませんでしたね!」

「“自由な生活と規則正しい生活”という真逆の経験ができたからこそ、今では多少理不尽なことが起きてもうまく対応できるようになったと思っています。
あのままずっとアメリカで生活していたら今のような自分にはなれていないかも。いい意味であの時代には戻りたくはありませんね。」

入社3年目に子会社社長に抜擢

「大学ではESSサークル(英会話サークル)に入り演劇に目覚めました。
演劇は就活生になっても続けていて、当時は演劇の道に進むことも考えていたので、正直就活には全く興味がありませんでした……(笑)でも、この先演技でサラリーマン役をやるにしても、1度はサラリーマンを経験しておかなきゃ演技ができないな、という気持ちで就活を始めました。」

————なぜサイバーエージェントに入社したのでしょうか?

「演劇仲間から“面白い説明会があるから行こう!_と誘われたのがサイバーエージェントでした。社員の人と僕の相性もいいなと思ったので、入社面接を受けました。
他に受けていたのはNHKのアナウンサー。5次審査くらいで落ちてしまったんですけど、アナウンサースクールにも通ったりして、本気でなりたい職業でした。

サイバーエージェントに入社して1,2年目は、がむしゃらに働いていました。負けず嫌いな性格なので、ただひたすらに仕事に打ち込んででいましたね。
そのおかげもあってか、入社3年目には子会社の社長に抜擢していただきました。
入社時は3年勤めて合わなければやめようって思っていたんですけど、気付いたら約7年半、子会社社長として働き、サイバーエージェントにはトータルで10年も働いていました(笑)」

人生で1番悩んだ「バチェラー」後の自分

————Amazonプライム・ビデオの恋愛リアリティ番組「バチェラー・ジャパン」で2代目バチェラーとして本気の恋愛に挑んだ小柳津さん。番組参加中のお仕事はどうしていたのでしょうか。

「バチェラーには有給をもらって参加しました。仕事のことは考えず、どの女性とこの先過ごしていくかということを真剣に考えていました。
ただ、バチェラーの放送終了後は、今までの人生で1番と言っていいほどこれからの仕事に対して悩みましたね。

いつまでも“バチェラーの人”と言われたくない。そのためには新しいチャレンジをしていかなければいけない。今の会社に不満はないけれど、このままでいいのだろうか。

でも、いつまでも悩んでいたってしょうがない!悩み続けるのは現実的ではない!と思い、2019年1月には退職を決めて翌月2月には会社を退職していました。
次に何をするかまったくのノープラン。約5ヶ月間ニートになり、やりたいことを見つける旅と称していろんなところに旅行をしていました。」

————その旅を経て、現在の会社を立ち上げられたのでしょうか?

「起業も視野に入れていたんですけど、僕はサイバーエージェント1社しか経験していないので、転職も考えていました。
でも、現在の会社の共同経営者に『今までいろいろ経験してきたお前が転職って違うんじゃない!?』って言われてハッとしましたね。
そこから一緒に仕事をしようと、GHOST(ゴースト)という会社を立ち上げました。

今後GHOSTでは、飲食×ITという分野で事業を進めていく予定です。
飲食だけでマネタイズするのではなく、プラスで稼げるようなビジネスモデルを作り、飲食業界の賃金水準を上げていきたいと考えています。

それに日本にも海外同様チップ文化を根付かせたい。チップがあることで働く側も訪れる側もより良いサービスを提供するきっかけになると思うんですよね。」

40歳までには父になりたい

「最近2つ下の弟が結婚をして、微笑ましいと同時に「あ、先を越されたな」と思いました(笑)結婚願望はもちろんあるのですが、僕はそれよりも子どもがほしいと思う方が強いですね。
両親からたくさん愛情を注いでもらって育ったので、自分の子どもにも繋いでいきたい。生命のバトンタッチという感じかな。

今は会社を立ち上げたばっかりだし、事業も始動したばかり。今すぐ結婚や子どもとはいかないけれど、あと2年後の40歳までには子どもがほしい。
でも行き着くところに行き着くと思うので、あまり決めない方がいいかもしれないですね……!」

「結婚相手に求めることってあまりないんですが、仕事の話ができる人がいいですね。僕日々のできごとを報告したがりなんですよ(笑)
『今日は〇〇さんと会ったよ!』『〇〇がうまく行ったよ!』とか。ただの寂しがりやなだけですけど……。

芯が強くて仕事ややりたいことに真剣に向き合っている人が僕の結婚相手には向いているのかなと思っています。

そんな素敵な人と出会い、子どもが生まれた日には溺愛間違いないですね!
もちろん子育てには積極的に取り組みたいと思っていますが、ベビーシッターや家事代行など、アウトソースを使える部分は使いたいと考えています。
奥さんや僕にしかできないことを2人で協力し合うのはもちろんですが、それ以外の部分を誰かの力を借りて補うことで、奥さんも僕もストレスを感じることなく、子育てや仕事に集中できると思います。」

出産・子育ては貴重な経験

————これから結婚や出産、昇進や独立など、人生の大きな節目を迎えようとしている読者のみなさんにひとことお願いします!

「何事も人生経験。
僕がこれから望むのは、子どもを授かって、育んで、親が与えてくれた経験や愛情を子どもにも注ぎ、繋いでいくという経験。みなさんもどんな些細なことでもいいので、何かを選んで学び、これから先の未来に向かって前向きに進んでいってほしいです。」

Profile
小柳津林太郎(おやいづりんたろう)
京都出身・6歳~14歳までをニューヨークで過ごし、2006年株式会社サイバーエージェントに入社。入社3年目で株式会社CyberX 代表取締役に就任。その後2012年にアメリカ子会社のアメリカ子会社の立ち上げを牽引し、ゲーム事業統括本部 本部長就任 室長を経験。2018年Amazonプライム・ビデオ『バチェラー・ジャパン』に2代目バチェラーとして抜擢され、2019年株式会社GHOSTを創立。現在は代表取締役とタレントの2つの顔を持ち合わせ活動の幅を広げている。

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